昭和五十四年四月六日 朝の御理解


御理解第八十二節
 「大蔵省は人間の口を見た様なもので其口に税金が納まらぬ時は四分板張った戸板一枚で寝ては居られぬ。何処の太郎やら次郎やら分からぬ様になろうぞ。」


 お国の立ち行きが出来なければ国民の立ち行きもしだごだになるというわけでしょうが、今日私はここの八十二節をまあ替え唄風に聞いて頂きたいと思うのです。
 この頃の誕生パーテイの時に宮崎支部の方達が学校の先生達が居られましたから何かこうまあ何ですか唱歌のごたるのを歌われましたですね。それも替え唄を歌われましたでしょうが。ね、合楽教会の事をずっと歌に変えてああ云う風に、今日の御理解は替え唄風に聞いて頂くんですからその積もりで聞いて頂きたい。
 例えばその大蔵省は人間の口を見たようなものでと云うことをね。教会と云う所はお互いがいよいよお蔭を頂かなければならない場です。ですから又教会が大発展を遂げなければなりません。それには御神縁を頂いているみんなも教会と共に大発展のお蔭を頂いて貰わなければならない。ね、教会まあみすぼらしいと云うか教会にはもう絶対発展繁盛をして行く信者が居りません。やっぱり教会がどんどん発展するところにはやはり信者も共に発展のお蔭を頂いて居る。だから言い替えますと教会の発展はその侭皆さんの発展に繋がる様な信心を頂きたいお蔭を受けて頂きたい。だからそういう意味でです教会は云うならばお蔭お徳のその口を見た様なものでと、ね、
そこでいろんな御用なら御用、ね、お供えならお供えと云った様なことがですもし為されないとすると教会の運営が成り立ちません。ね、ですからここ辺のところをね、よくそれこそ手ごたえのある御用手ごたえのあるお供え、昨日も丁度四時の研修を終わって色々その後のお届けがあっとりましたもんだから四時の御祈念が十分ばかり遅れているところへ或方がもうそれこそもうほんとにまあお供えを持って見えられた。そうして御祈念が終わった時には帰って居られましたがとにかくやっぱ急いで居られた。けれどもこれだけのお供えが神様が待ってござった受けて下さったと云うことが分かるでしょうが。ね、神様が御祈念を十分遅らかしといてその一生懸命の思いでお供えに持って来ておる物を受けて下さる。ね、すぐ手ごたえがあるでしょうが。ね、そういう御用でなからなきゃなりませんから結局真心いっぱいそれがその侭血肉になる、徳になる、力になると云う様なものでなからなければなりません。椛目の時代にはもう熱心にお参りし熱心にお蔭を頂いてそしてどうでもずっと久留米から御神具屋さんが出張して来よりました、月次祭たんびに、ねえ、それでそのお祭りをしたい、もうお取次をみんなあの時分は頂いてからでしたからもう神様のもうどうしてもお許しを頂かんと云う人がもう幾らも有りました。どうして家にお祀りするとがいかんじゃろうかと云うぐらいでした。けれども今から考えてみるとお祀りをお許し頂かなかった人はみんな信心を辞めてます。ねえ、ところが今もう合楽で云うならば信心の一つのまあ確立と云うかね、お互いの信心の確立と云うものが為されたら、こりゃあもう家で拝ませて貰わなきゃ居られん御祭壇の一つも設けさせて貰わなければ相済まん。いくら熱心に参って拝んどると云うて、云うならお神様一つお祀りしていないと云った様なことで家には天地書附けば拝みよりますけんがと云う様な事ではでけん。もう御神米ばこうやって拝みよりますけんではでけん。ね、それこそまあ云うならそこの家に釣り合うた云うならばお宮を求めさせて貰う、お祭壇を作って家族中の者が礼拝が出来るようなおかげを頂かなければ、でないとね今日の御理解の様に何処の四郎やら何処の次郎やら分からんようになりますよ。家の婆ばしゃまは昔参りよってあったげなと云うだけのこと。ね、家の爺さんな合楽にしっかり参りよったばってんと云うことになってくるわけ。ね、孫に子に伝えることが出来ないそれでは。ほんにあげな人が参って来よったがどげしよるじゃろうかと云った様な何処の次郎やら四郎やら分からん様になってはならんのです。
 昨日壮年会で皆さんのまあほんとに有難い発表を聞かせて頂いた中に高橋さんが一番に発表して居られましたが、この二日があちらの毎年おかげを頂かれるお祭りです。それが丁度あすこに奉祭されて丸十年になるそうです。その前までは私は行かじゃったじゃろうかと云うて一回何かそこに天地書付けをしてその時分は親先生が一人で御祈念をして下さりよった。奉祭が今年で丁度十年になりますが初めの間は文夫先生と親先生と二人でつい去年まではそうだった。ところが今年はお蔭を頂いてちと家の神様が格が上がんなさったとじゃろう先生方が参拝教師も三人か四人居りましたが同時にお祭りも四人で仕えてようやくまあよそさん並にしてならして頂いた。それが十年、十年がのその云うならば節と云うか、ところが今年はそういう気分の良いお祭りを仕えさせて頂きましたが、とにかく今迄寒い冷たぁい風を受けて居ったのがもうこれは春風ではなかろうかと思うように暖かい風の吹き回しがもうお店全体に現れて来て居ると云う話をしとられました。ね、何時までも寒いことばっかりではない。もう必ずこう辛抱し抜いてて頂けば必ず巡って来る春があるのだ、それをまあ感じると云うのです。最後に松岡さんが話とられましたが、あちらは先月が立派なお家が出来た。立派な祭壇も奉祭された。去年から宅祭が始まって居る。もう一家中親類の者挙げてのお祭りでほんとに有難いお祭り。ところが不思議なことにその売上がコロッとそれを境に上がった。多くなっとる。それで婆ばさんに話します、もう只や愚かなことじゃなかぞと、こげな働きを受けて居る勿体ないことじゃないかと。ね、本気でお役にも立たせて貰おう信心に信者にお引立て頂かにゃいけんぞと云うて婆ばさんと話しをしますと云う発表がありました。  ねえ、皆さん一つもうここではですね、合楽理念ある限り二代よりも三代といわば家繁盛子孫繁盛と仰るそういう合楽理念を基軸として又はそれを基盤基礎として行くならば繁盛して行く事でしょうけどもね、それこそ自分の家に奉祭もしとらんと云った様なことではです、只お蔭は頂いても何処の次郎やら太郎やらになりかねないと私は思うです。皆さんどうでも一つ宅祭のひとつ年一回の宅祭謝恩祭を宅の御神前で賑ぎ賑ぎしゅうさせて頂けるようなお蔭を頂かにゃいけません。奉祭も麗々しゅうほんとに御神前に行ったら拝まにゃ居れないような神様を奉祭しなきゃいけません。形だけのことじゃありません。形もできると心も必ずそれに伴うてくるです。浴衣がけではやっぱり浴衣がけ、紋付袴を着けりゃちょっと紋付袴を着けたような心の状態になるのとおんなじです。ね、皆さん今日皆さんの信心がです、何処へ行ったやら分からん、何処の次郎やら太郎やら分からん様になる様なことではならない。ね、そして云うならば教会の立ち行きは自分達の立ち行きに繋がる。教会の発展は自分達の家の発展に繋がるようなお蔭を頂く為には大蔵省が人間の口であるようにだから国家が立ち行かないようにね、教会はそういう云うならば皆さんのお蔭を頂くことの為の口の様なものである。先ず信心が確立しなければならない。ね、神様に喜んで頂けるような御用がどんどん出来るようにお蔭を頂かなければならない。教会が益々発展する、信者の家も一緒にどんどん発展して行くと云うお蔭に繋がらなければいけんのです。
 昨日研修が終わって徹美先生がこう出てきましたのでその御祈念の時間がちょっと遅れたんです。「先生今朝から面白か夢ば見ました」ちこう言う。「どげな面白か夢じゃったの」と「それが先生その教会の西側に溝があるでしょうが。あの溝が立派な小川になってる。そしてそこにハヤとかフナゴとか鮒とかがずうっとせっきりしてある。ここがハヤのおるとこ、ここが鮒が居る所ここが鰻の居る所、次がどじょうのところげな最期に。そしてそのどじょうば蒲焼きにしとる。鰻も蒲焼きにしようかちゅうておる。それが不思議な面白かと云うのはその鰻の蒲焼きにしたつをです、三匹を二人で食べるといよるところを頂いたとこう云うのです。そりゃあんた今朝の御理解ばいち。しかもあんたにぴったりした御理解じゃ、ね、昨日は山口の永田先生の例を取って神徳との出会いと云うことを聞いて貰いましたね。山田先生の例を取ってほんとに土の信心がもう一日中が泥から始まって泥で終わる一日、ですから泥の信心をしとりゃもう不平やら不足やら出る余地はございませんと云う話を聞いて頂いたですねえ昨日。
 私共が本気で泥の信心泥の信心と云ってますけれども、ね、だからその道中とても云うなら泥の信心で終わらなければいけないと云うことを一日の内にです、ね、泥から始まって泥に終わって行くその道中がです、ね、泥の信心さして頂いてもう不平不足の出ようごとない。もし不平不足がなら出るとするなら泥の信心を今おろそかにして居るとこう思わせて頂かなきゃならない。もう今日ばっかりはお参りしようごとのうしてしようごとのうして術ないごとあった。御神前に座らせて頂いたら御心眼に自分が三角に座っているところを頂いた。三角と云うことは丸の反対ですからね。そげなこっちゃいかんと云うことじゃろう。その上から真っ白い灰が一生懸命降り注いで居るところを頂いた。はぁ親先生が後理解の中に何時も云われる様にもし私に家蔵財産があるとするならばこの家蔵財産は私の「ハイ」と云う神様の前に「ハイ」と云う素直な云うなら「ハイ」の中から生まれたものだと云われることを思いだした。ね、そしたらもうそれこそもう、ね、自分の心の中にモリモリとして力が湧いてきた。ね、そして、ははぁこういうところを乗り越えることがそこには御神徳との出会いがあると云うことを悟らせて頂いたらもう有難うして有難うしてと、山口からね山口も田舎の方です。もうそれこそ何時間の時間を要してここへ着かせて頂いた。桜井先生が丁度表で御用しよんなさった。そしたらもう桜井先生を捕まえると同時に今日はもうこんなに有難いと云うて話されたと云うことを昨日桜井先生が夕べ発表して居られましたがね。そういう自分の心がね、もう天と地がひっくり返る様に有難いお蔭の頂けれるもう既に御神徳の中に足を踏み込んで居るようなもんです。御神徳との出会いです。その御神徳との出会いのところをお互いがおろそかにする。ね、川の魚と云えばお徳と云うことである。ね、だから小さいハヤ位のお徳を受けて居る、ふなごぐらいな鮒ぐらいなね、こうせっきりがしちゃる。お互いのま信心の徳を頂いて居りながら何処のにきにあるだろうか、折角鰻とかどじょうとか、どじょうと云うことはね土壌土の醸すと云うですかね、あの立派な土壌を作ると云うでしょう、種やら蒔く時にはね、いわばあの肥料を沢山施しといて何を植えてもすぐ出来るようにそういう土壌が出来る。それをです、なら蒲焼きして食べるちゅうならどげなるですか。もう折角そういうお蔭の頂けるものを只お蔭を頂くそりゃ旨かった美味しかったと云うだけに終わらせる様なことではでけんぞ。ね、沢山の修行生がおります。だからそのなら片一方のとが引きずり落とす様なことをするいわゆる私はその時二人三脚と云うことを頂いたです。いくら調子が悪いと云ったって大した走ることは出来んでしょうが。ね、信心は自分一人でやらにゃ出来んです。人から振るい落とされる事じゃない。いっちょ飲もうじゃないか、うん飲もうかと。ね、いっちょ食べに行こうか、うん食べに行こうかと云う様な事では引きずり落とされる様なことじゃでけんと。蒲焼き食べる様なことじゃでけん。どじょうと云うのは例えばそこに水が無かっても泥の中に入っときゃね、もうそれこそ一年でも二年でもじいっと辛抱できる程しのものなのです。そういう辛抱し抜かせて頂いて土壌を作るんです。お蔭の土壌を作る。お徳の土壌を作る、ね、辛抱力を作らにゃいけんばい、蒲焼きども食べるようなことじゃでけんばい、ちょっとした誘惑にすぐ負けちゃならんよと云う様な御理解でした昨日の御理解。それを徹美さん風に神様はアレンジして彼が分かるように下さった訳です。こりゃ徹美先生だけのことじゃない、お互いもそうです。もうお蔭お蔭と云うてねもうどうしてお蔭が頂けんじゃろうかと云うのではなくて、どうしてほんとの信心が頂けんじゃろうか、どうしてほんとに先生があげん言いなさる信心の喜びが湧いて来んじゃろうかと云う風に頂かなければね、どうしてお蔭が頂けんじゃろうかではきつい。ね、信心が好きにならにゃいけん。取次の先生は信心が好きになる。お参りをして来る皆さんが信心が好きになる。だからこそ信心が容易いと云うことになるのだ。ね、それこそ楽しゅうして有難うしてと云うことになるのです。そういう云うなら信心をです云うならここが御神徳との出会いであろうかと思われる様なところを大切にしながらいよいよ泥の信心にね、ならして貰うてそれこそね、お供えをしたピチッと神様が受けて下さったナと云う手答をね感じる様な御用をさして貰うて初めて大蔵省に云うならば税金が納まったと云うことになるのじゃないでしょうか。ね、もしでなかったらあの人は熱心に参って来よったがこの頃いっちょも参って来なさらんが何処にどげになっちゃるじゃろかとね、と云う様なことにならんように何処の次郎やら四郎やら分からんような信心に終わらんようにいよいよお蔭を頂いていかなければなりません。
 合楽理念を云うならマスターさして貰うて合楽理念に依る信心生活、ね、それにはいよいよ日参、教聴、心行、家業の行、合楽理念を以ってする信心生活そこには日勝り月勝り年勝りのお蔭を頂いて行く訳になるのです。だからそこ迄ではいかんのです。ね、そこから云うならば本当の真を表して行く信心が生まれて初めて代勝りと云うことになるのです。こりゃもう的確に代勝りになる。合楽理念ではそう説いてあるのです。ね、その代勝りがいよいよ真善美輝くね、親の代よりも子の代、孫の代、ね貧争病の無い世界に住まわさせて頂くそういう云うならば合楽建設の願いを受けて云うならば合楽建設の神の願いを私共がキャッチさせて頂くと云うことを今日は聞いて頂いたんです。ね、こういう時にキャッチしていくんだよと云うことを聞いて頂いたんです。そこに云うならば神様との云うならば合楽の世界があるわけです。そこからもう限りなく生み為されていくお蔭に繋がる訳ですね。どうぞ。